「子どもの勉強」についての課題の分離の間違った考え方

こんにちは。
日本アドラー心理学振興会代表の田山夢人です。

まず、昨日でアドラー心理学カウンセラー養成講座「アドカウ」7期の体験レッスン&説明会が終わりました。

多くの方にご参加いただき本当に嬉しかったです。ありがとうございました!

アドカウにも新しい仲間が加わり、いよいよ今週末から7期が始まります。楽しみですね!

また8期の募集の際には体験レッスン&説明会のお知らせをさせていただきますので、「機会を逃した!」という方はぜひ今度こそ忘れずにご参加くださいね。

さて。

今日はアドラー心理学で有名な「課題の分離」についてのお話です。

あなたは家族の中でのコミュニケーションにお困りだったりしませんか?

よく聞くのは、

「子どもが勉強をちゃんとしてくれない」
「こんな風に勉強をしてほしい」
「あれこれと子どもに口出してしまう」

どうでしょう。似たようなエピソードありますか?

アドラー心理学の課題の分離を学びますと、ひとまず子どもの勉強というのは、子どもの課題だなぁとなります。

なぜなら、勉強をする・しないの選択の結末は、親ではなく子ども自身に降りかかるから。

テストの点数が悪くなったり、授業についていけなくて劣等感を感じたり、もしくは先生から怒られるなどの未来に起こる結末というのは、子ども自身に降りかかります。

子どもが勉強しなくても、親の学力が落ちるわけではありません。

そんなわけで、「子どもが勉強する・しない問題」はそもそも親が気にすることではなく、子どもが自分で責任を持って引き受けたいものだとアドラー心理学では考えます。

そういうと必ずこんな意見が出てきます。

「じゃあ、子どもが勉強するかしないかは子どもの課題だから、子どもに任せて口出ししなくていいわけだ」

違うんです。これは課題の分離じゃありません。

アドラー心理学では「放任」と言われます。

アドラー心理学がやりたくない育児のひとつです。

アドラー心理学の課題の分離とは、「放任」ではなく「見守り」。

どんなことが「見守り」になるかというと、たとえば…

「困りごとはない?」
「何か手伝おうか?」
「何かあればいつでも相談してね」

いわゆる、“May I help you?”ですね。

子どもに対して親からそういった声かけを絶やさないことです。

「そういうのウザいからやめてと子どもに言われました」

という人もたまにいるんですが、そしたらやめればいいんです。

それでも親側が声かけくらいしたい!となれば、

「私は声かけを全くしないのはやりたくないの。3日にいっぺんくらいはどう?」

などと子どもにいって、子どもと交渉していったらいいんです。

自分も相手もOKな合意点を探すのがアドラー心理学です。

ちなみにこれはアドラー心理学で「目標の一致」っていいます。

これは話していくと、どんどん話が長くなるので、ひとまずさておきまして、アドラー心理学で考える健全な心の状態というのは、

“人々は仲間で自分には力がある”

という状態です。

まったく子どもに任せてしまったり、頼られても突き放したりすると、子どもにとって親が「仲間」だと感じられなくなってしまいます。

それにこちらからあれこれ口を出して子どもの課題を親が解決してしまえば、今度は自分に力がないと思ってしまいやすくなります。

どちらも「勇気くじき」になっちゃうんです。

課題の分離はその行為自体が子どもにとって、「勇気づけ」にならないといけません。

その点を忘れて、ただ課題を切り離し、子どもにすべて任せるのではなく、ぜひ、“May I help you?”のある勇気づけの課題の分離を実践してみてくださいね!

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